「ナインソール（Nine Sols）」という名前を聞いたことがある人も多いかもしれません。台湾のインディーゲームスタジオ「RED CANDLE GAMES」が手がけた本作は、道教とサイバーパンクを融合させた“タオパンク”という独特の世界観が魅力の2Dアクションアドベンチャー。その中でも特に注目を集めているのが、神秘的な存在――“姫”です。
この記事では、この「ナインソール（Nine Sols）の姫」について、キャラクターの正体や物語における意味、他の登場人物との関係性を掘り下げていきます。
ナインソール（Nine Sols）の世界観と「姫」の登場位置
まず、舞台となるのは「新崑崙（New Kunlun）」と呼ばれる架空の世界。プレイヤーは主人公・羿（イー）として、復讐と解放の旅に出ます。この世界には「太陽人」と呼ばれる存在たちがいて、彼らはかつて人々を支配していた神格的存在でもあります。
その太陽人の中でも、特に選ばれた十名――“十王”がストーリーの核を担っています。姫はその十王のひとりとして登場しますが、ほかの王とは決定的に異なる点があります。それは、彼女（あるいは彼）が「なぜ選ばれたのか分からない存在」であるということです。
公式でも「姫が十王に選ばれた理由は不明」とされており、この曖昧さが物語全体に謎と深みを与えています。
姫の人物像 ― 優雅で冷徹、性別すら曖昧な存在
「姫」という名前から女性を想像しがちですが、実際の設定では性別が明確ではありません。中性的でありながら、外見はどこか妖艶さを感じさせ、声や仕草にも人間離れした魅力があります。
彼（または彼女）は、ほかの太陽人たちが理想や信仰、支配といった目的を掲げているのに対し、どこか達観したような態度を見せます。
印象的なのが、作中でのこの言葉です。
「どこかを征服しようと思ったことも、平和をもたらそうと考えたこともないよ。太陽人が終末を迎えたときでさえ、人々を救おうなんて使命感もない。」
この台詞に象徴されるように、姫は“何かのために戦う”というよりも、“ただそこに在る存在”。世界の運命にも他者の生死にも関心を持たない、いわば虚無的な存在として描かれています。
姫の戦闘スタイルと演出 ― 混沌と秩序の狭間で
ナインソール（Nine Sols）のボス戦はどれも個性的ですが、姫の戦いは特に異質です。
彼女の戦闘は「ルーレットギミック」と呼ばれるランダム要素を伴い、戦闘中に攻撃パターンが変化します。これはプレイヤーに“予測不能な混沌”を突きつける仕掛け。
しかし、その一方で致命的な難易度ではなく、プレイヤーが冷静に対応すればパターン化できる構成になっています。
つまり、「混沌の中にも秩序がある」――まるで姫自身の在り方を象徴するような戦闘演出です。
また、他の十王が神話や伝承をもとにデザインされているのに対し、姫だけは完全にオリジナルの存在。神話的背景を持たないことが、彼女の異質さをより際立たせています。
「姫」が物語に与える哲学的な意味
姫の言葉や行動は、ナインソール（Nine Sols）という物語そのものへの“問いかけ”でもあります。
本作は「復讐」「救済」「信仰」「存在意義」といったテーマを軸に展開しますが、姫はそれらすべてに無関心な姿勢を貫きます。彼女は「何かを成す」よりも、「何も成さない」という選択を体現する存在なのです。
この構造は、プレイヤーの価値観にも揺さぶりをかけます。
主人公・羿が強い意志で行動するのに対し、姫はその正反対。彼女を通して、「信念とは何か」「救済は本当に必要なのか」といった問いが投げかけられているのです。
他の太陽人との違い ― “異物”としての姫
太陽人たちは、それぞれが神話や伝承に由来するシンボルを持ち、権力・信仰・犠牲などを象徴しています。
しかし姫だけは、そのどれにも属さない“異物”。この“異質な一人”を物語に配置することで、ナインソール（Nine Sols）の世界は単なる神話再現ではなく、「神話の外側」を描く物語へと深化しています。
神話に従う者と、神話を疑う者。
その対立の中で姫は「観測者」として存在し、世界の構造を静かに見つめています。彼女の登場によって、プレイヤーは「この世界の正義は誰が決めるのか？」という根源的な疑問に直面するのです。
姫と主人公・羿（イー）の関係 ― 対話ではなく鏡像
姫は、主人公の羿にとって“乗り越えるべき敵”であると同時に、“自分自身の影”のような存在でもあります。
羿は復讐のために戦いますが、姫は「何も求めない」。
羿が「意志の化身」なら、姫は「無為の象徴」。この二人の対峙は、善悪や勝敗を超えて、「存在の意味」をめぐる哲学的な対話ともいえます。
興味深いのは、姫を倒してもすべてが明かされるわけではないという点。
多くの謎――なぜ十王に選ばれたのか、何を見ていたのか、どこへ消えたのか――が残されるまま、物語は進みます。
それでも彼女の不在が、プレイヤーの心に静かな余韻を残すのです。
プレイヤーが語る「姫」への印象
ナインソール（Nine Sols）のプレイヤーからは、姫に関するさまざまな感想が寄せられています。
「不思議と惹かれる」「敵なのに嫌いになれない」「倒した後の虚無感が印象的」など、感情の揺れを引き起こす存在として受け止められているようです。
また、「姫が最も哲学的なボスだった」という声も多いです。戦闘の難易度自体は高くないものの、その在り方が強烈な印象を残す――まさに“静かなる異物”といった位置づけでしょう。
姫の存在が象徴する「ナインソール（Nine Sols）」の核心
ナインソール（Nine Sols）という作品は、単なるアクションゲームではありません。道教の思想をベースに、“存在とは何か”“生きる意味とは”といった哲学的なテーマが織り込まれています。
その中で、姫は「無為自然（むいしぜん）」という道教的理念を体現しているともいえます。何も求めず、何も抗わず、ただ流れの中に身を置く。
一方で、羿は明確な目的を持ち、強い意思で世界を変えようとする存在。
この二つの対極が交わる瞬間こそが、ナインソール（Nine Sols）という物語の核心なのです。姫を通して、プレイヤーは「変えるべきか」「受け入れるべきか」という二つの選択を迫られます。
姫をめぐる考察 ― 「無関心」という救済
姫の冷たさは、単なる無感情ではなく、すべてを見た上での“悟り”のようにも感じられます。
彼女は他者の苦しみや救済を拒絶することで、逆説的に「自由」を提示しているのかもしれません。
救わないことが、救いになる。干渉しないことが、尊重になる。そんな哲学的メッセージが、姫というキャラクターの奥底にあるように思えます。
ナインソール（Nine Sols）の姫キャラが残す余韻 ― 終わりに
ナインソール（Nine Sols）の姫は、神話でも英雄でもない。
しかし、物語の中心を静かに見つめるその存在は、プレイヤーの心に長く残る印象を与えます。彼女を理解しようとする過程そのものが、ナインソール（Nine Sols）の物語をより深く味わう行為なのです。
神話の中で語られないことに意味がある――姫はまさに、その“語られぬ真実”を象徴するキャラクター。
道教とSFが交錯するナインソール（Nine Sols）の世界で、彼女は今日も、静かに微笑みながらすべてを見つめています。
