「安全靴」と聞くと、つま先に鉄の芯が入っていて、現場作業員が履くイメージが強いですよね。でも実は、安全靴には明確な「基準」が存在し、それを満たしていない靴は本来“安全靴”とは呼べません。この記事では、日本国内で定められている安全靴の基準やJIS規格の違い、そして選ぶ際に気をつけるべきポイントをわかりやすく解説します。
安全靴とは?まずは「作業靴」との違いを知る
安全靴とは、作業中の落下物・圧迫・踏み抜き・滑り・電気ショックなどから足を守るための靴です。最大の特徴は「先芯(せんしん)」が入っていること。つま先を衝撃や圧力から保護するため、鋼製や樹脂製などの硬い素材が内蔵されています。
ただし、ここで注意したいのが「先芯が入っていれば安全靴」という誤解です。先芯入りでも、JIS(日本産業規格)の定める安全性能を満たしていなければ、正式な意味での“安全靴”ではありません。そのような製品は「作業靴」や「セーフティシューズ」と呼ばれます。
つまり、安全靴=JIS規格に合格している靴。これが大前提です。
安全靴の基準を定めるJIS規格とは
JIS(Japanese Industrial Standards)は、日本の産業製品に関する国家規格。安全靴の性能や構造を定めているのは「JIS T 8101(安全靴)」と「JIS T 8103(静電気帯電防止靴)」の2つです。
どちらも国際基準ISOの内容を取り入れつつ、日本の現場環境に合わせた形で運用されています。
- JIS T 8101:つま先保護を中心とした一般的な安全靴の基準
- JIS T 8103:静電気を逃がす性能を持つ「静電靴」の基準
この2つが、安全靴の「基準の柱」となっています。
JIS T 8101で定められる安全靴の区分
JIS T 8101では、素材と用途によって細かく分類されています。作業内容に応じて、必要な性能が異なるためです。
材料区分
- CⅠ種:甲被(こうひ)が革製
- CⅡ種:総ゴムまたは総高分子材料製
作業区分(用途別)
- U種:超重作業用(建設・鉄骨・土木など)
- H種:重作業用(鉄工・運搬・溶接など)
- S種:普通作業用(製造・倉庫など)
- L種:軽作業用(物流・検品・工場ラインなど)
作業の重さが上がるほど、求められる耐久性・耐衝撃性も高くなります。たとえばU種では200ジュールの衝撃にも耐える先芯性能が必要。一方でL種は30ジュールと、軽作業に合わせた基準です。
安全靴の性能を支える主要試験項目
JIS規格では、次のような試験によって性能が評価されます。数字を見れば、想定されている安全レベルの高さがよくわかります。
- 耐衝撃性能:つま先への衝撃を測定(U種200J/H種100J/S種70J/L種30J)
- 耐圧迫性能:先芯への圧迫耐性(U・H種15kN/S種10kN/L種4.5kN)
- はく離抵抗:靴底がどれだけ強固に接着されているか(H・S種で300N以上)
このほか、漏れ防止、屈曲試験、滑り試験、耐油性などもチェックされます。つまりJIS合格品とは、「多面的に安全性を確認された靴」ということです。
作業現場に応じた付加性能もチェック
安全靴には、基本性能に加えてオプション的な「付加性能」があります。これは作業環境ごとに必要な保護性能を強化したものです。
代表的な付加性能を紹介します。
- P:耐踏抜き性(釘などの突き抜けを防ぐ)
- E:かかと部の衝撃吸収性(20J以上)
- F1/F2:耐滑性(滑りやすい床での安全性)
- BO/UO:耐燃料油性(油が多い現場向け)
- H:耐高熱接触性(300℃でも溶けないソール)
- W:耐水性(80分間浸水なし)
- C:耐切創性(チェーンソー作業対応)
- I:電気絶縁性(通電リスクがある現場用)
製品には「JIS T 8101 革製H種 P・E・F合格」などのように表示されています。表示を見れば、どんな性能を持つ靴か一目でわかる仕組みです。
静電靴(JIS T 8103)の役割
電気・電子部品の製造現場などでは、静電気の放電が事故や製品不良の原因になります。そこで使われるのが、JIS T 8103の「静電靴」。
この靴は、人体にたまった静電気を床に逃がす性能を持っています。帯電防止性能は抵抗値で分類されており、一般的な静電靴(ED)は1.0×10⁵Ω~1.0×10⁸Ωの範囲。さらに強力なタイプ(EDX)は上限が1.0×10⁷Ωとより低く設定されています。
一方、電気を通しやすい「導電靴(EC)」は1.0×10⁵Ω未満。これは電気工事や設備メンテナンス向けです。現場によって必要な帯電防止性能が異なるため、用途に合わせた選定が欠かせません。
JIS規格とJSAA規格の違いを知っておこう
最近では「JSAA認定品」と呼ばれる作業靴もよく見かけます。これは日本安全用品協会(JSAA)が定めた規格で、主に軽作業用のスニーカータイプを対象としています。
JIS規格と比べると、JSAAは素材や構造に柔軟性があり、合成皮革やメッシュ素材などが使用可能。その分、軽くて動きやすいのが特徴です。
- JIS規格:国家規格。重作業~軽作業まで幅広く対応。
- JSAA規格:業界団体の自主規格。軽作業中心でスニーカー型が多い。
現場で「安全靴着用義務」がある場合は、JIS合格品でなければ認められないケースがほとんどです。反対に、物流や軽作業などではJSAA認定品でも十分な場合があります。
安全靴を選ぶときのポイント
安全靴を選ぶ際は、次のステップを意識すると失敗しません。
- 作業内容を明確にする
どんな危険が想定されるか(落下・圧迫・滑り・静電気など)を把握する。 - 必要な規格を確認する
高リスク現場ならJIS T 8101のH種以上。静電気が関係するならJIS T 8103。 - 付加性能の有無をチェックする
耐滑・耐踏抜き・耐水など、作業環境に合った性能があるか確認。 - 表示マークを確認する
JISマークや「JIS T 8101 合格」の表記があるかを必ずチェック。 - 履き心地とサイズ感
長時間の作業では軽さやクッション性も大切。ワイズ(幅)や履き口の形状にも注意。 - 交換時期を意識する
ソールの摩耗や先芯の変形は交換サイン。定期的な点検が安全を守ります。
現場別おすすめスペックの目安
- 建設・鉄骨・重量物運搬:H種またはU種+P・E・F付き
- 製造・工場作業:S種。耐滑性と耐油性を重視
- 物流・倉庫:L種またはJSAA B種。軽量で動きやすいモデル
- 電気・電子関連:JIS T 8103(静電靴)仕様
- 高温作業・金属加工:H種+H(耐高熱)・C(耐切創)付き
用途と環境を正しく見極めることで、無理なく・安全に作業できます。
よくある勘違いと注意点
- 「先芯入り=安全靴」ではない
先芯があってもJIS認証がない靴は正式な安全靴ではありません。 - 「軽い=安全」ではない
軽量スニーカー型は快適ですが、重作業現場では保護性能が不足する場合があります。 - 「規格合格=万能」でもない
JIS合格品でも、現場のリスクに合っていなければ十分な安全性は得られません。
法令・安全管理の視点も忘れずに
労働安全衛生法では、労働者が危険防止に必要な保護具を着用することが義務付けられています。安全靴もそのひとつです。
特に建設や製造業などでは、事業者が「適切な安全靴を選定・支給・管理する責任」を負っています。
また、販売業者側も「JIS合格品」などの表示を誤って行うと景品表示法違反にあたる場合があります。購入者も、マークや型番を確認し、確かな製品を選ぶことが大切です。
安全靴の基準を知ることが、安全への第一歩
安全靴は単なる“靴”ではなく、命を守るための保護具です。
「どんな基準で作られているのか」「自分の作業にはどんな性能が必要か」を理解するだけで、安全意識が大きく変わります。
作業内容に合ったJIS規格の靴を選び、正しく履き、定期的に点検する。
それが、安全靴を最大限に活かすための基本です。
安全靴の基準をしっかり理解しておけば、作業中のトラブルを防ぐだけでなく、快適さや作業効率も高められます。次に安全靴を選ぶときは、ぜひ「JIS T 8101」「JIS T 8103」という文字を意識してみてください。それが、安全と信頼の証です。


