「この建物、なんだかホッとするな」
旅先や散歩道でふと足を止めた洋館が、実は一人のアメリカ人建築家によって建てられたものだった。そんな経験を持つ人は少なくありません。
彼の名はウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
「メンソレータム(現:メンターム)」を日本に広めた実業家としての顔を持ちながら、日本全国に1,600件もの建物を残した希代の建築家です。
なぜ、彼の建築は100年近い時を経てもなお、私たちの心を捉えて離さないのでしょうか?今回は、ヴォーリズ建築が愛される理由と、死ぬまでに一度は訪れたい名作10選を徹底解説します。
- 建築家ヴォーリズが貫いた「住む人への愛」とは?
- 1. 大丸心斎橋店 本館(大阪)|都市に咲いたアール・デコの華
- 2. 関西学院大学 西宮上ケ原キャンパス(兵庫)|日本一美しい学舎
- 3. 豊郷町立豊郷小学校旧校舎(滋賀)|「白亜の殿堂」とウサギとカメ
- 4. 東華菜館(京都)|鴨川沿いに立つ最古のエレベーター
- 5. 明治学院大学 インブリー館(東京)|都内に残る最古の宣教師館
- 6. 旧八幡郵便局(滋賀)|市民が守り抜いた再生のシンボル
- 7. ヴォーリズ記念館(滋賀)|彼の生活哲学が詰まった「終の棲家」
- 8. 神戸女学院大学(兵庫)|地形と調和する「静謐の森」
- 9. 山の上ホテル(東京)|文豪たちが愛したアール・デコの隠れ家
- 10. 駒井家住宅(京都)|科学者のための合理的で温かい家
- ヴォーリズ建築を120%楽しむための歩き方
- まとめ:ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築10選を巡る旅へ
建築家ヴォーリズが貫いた「住む人への愛」とは?
ヴォーリズの建築を語る上で欠かせないのが、「建築は、そこに住む人のための器である」という思想です。
当時、明治から大正にかけての西洋建築は、権威を示すための豪華絢爛な装飾が主流でした。しかし、キリスト教の伝道師として来日したヴォーリズは違いました。彼は、見せかけの美しさよりも「そこに住む人が健康で、幸せに暮らせること」を最優先に考えたのです。
例えば、当時の日本家屋では軽視されがちだった「換気」や「採光」。ヴォーリズは結核などの病気を防ぐため、窓の配置を工夫し、常に新鮮な空気が流れる設計を徹底しました。
また、彼が設計した住宅の階段を上ってみると、その緩やかさに驚くはずです。「階段は家の心臓。子供や高齢者が負担を感じないように」という配慮から、踏み面の広さや勾配が緻密に計算されています。この徹底した「生活者目線」こそが、時代を超えて愛される最大の理由なのです。
1. 大丸心斎橋店 本館(大阪)|都市に咲いたアール・デコの華
大阪・心斎橋の象徴とも言えるのが大丸心斎橋店の旧本館です。2019年に本館が建て替えられましたが、ヴォーリズによる壮麗な外壁や1階の天井装飾などは見事に復元・保存されました。
見どころは、エントランスを飾るテラコッタ(陶器)の装飾です。幾何学模様や植物をモチーフにしたアール・デコ様式は、まるで宝石箱の中に迷い込んだような高揚感を与えてくれます。商業施設という「公」の場でありながら、訪れる人を温かく迎え入れる気品に満ちています。
2. 関西学院大学 西宮上ケ原キャンパス(兵庫)|日本一美しい学舎
「スパニッシュ・ミッション・スタイル」で統一されたこのキャンパスは、国の登録有形文化財にも指定されています。
赤い瓦屋根とクリーム色の外壁、そして背景にそびえる甲山。中央の芝生広場から時計台を望む景色は、日本にいることを忘れてしまうほど優雅です。ヴォーリズはここで、単なる校舎ではなく「人格を形成する場所」としての風景を創り上げました。
3. 豊郷町立豊郷小学校旧校舎(滋賀)|「白亜の殿堂」とウサギとカメ
アニメファンには「聖地」としても知られるこの場所は、ヴォーリズ建築の中でも特にドラマチックな物語を持っています。
階段の手すりを見てください。そこにはイソップ寓話の「ウサギとカメ」をモチーフにしたブロンズ像が配置されています。「コツコツと努力することの大切さ」を子供たちに伝えたいという、ヴォーリズの遊び心と教育への情熱が込められています。光が差し込む長い廊下を歩くだけで、当時の子供たちの笑い声が聞こえてきそうです。
4. 東華菜館(京都)|鴨川沿いに立つ最古のエレベーター
京都・四条大橋のたもとに立つ本格中華料理店。ここはかつて、ヴォーリズが設計した西洋料理店でした。
スパニッシュ・バロック様式の重厚な外観もさることながら、最大の見どころは「日本最古のエレベーター」です。格子状の扉を格子越しに閉める手動式のエレベーターは、今も現役で稼働中。食事をせずとも、この建築美と歴史の重みを味わうために訪れる価値があります。
5. 明治学院大学 インブリー館(東京)|都内に残る最古の宣教師館
東京都港区の白金台にあるこの建物は、1889年頃に建てられた都内最古の宣教師館です。ヴォーリズが直接設計したわけではありませんが、後に彼が改修を手掛け、そのスタイルを継承しました。
鮮やかな赤い屋根と、横板を重ねた「下見板張り」の外壁。周囲の近代的なビル群の中で、ここだけが穏やかな時間が流れているような錯覚を覚えます。ヴォーリズが大切にした「祈りの空間」としての静寂が今も息づいています。
6. 旧八幡郵便局(滋賀)|市民が守り抜いた再生のシンボル
ヴォーリズが拠点とした近江八幡。その中心部に立つのがこの旧郵便局です。一時は老朽化により取り壊しの危機にありましたが、地元の保存運動によって再生されました。
スパニッシュ・スタイルを基調としながらも、どこか和の街並みに馴染むデザイン。現在はギャラリーやカフェとして活用されており、地域の人々の交流の場となっています。「建物は使われてこそ価値がある」というヴォーリズの信念が、現在進行形で体現されている場所です。
7. ヴォーリズ記念館(滋賀)|彼の生活哲学が詰まった「終の棲家」
ヴォーリズが妻・満喜子とともに過ごした旧宅です。ここは豪華な邸宅ではなく、非常に機能的でコンパクトな造りになっています。
注目すべきは、彼が考案したといわれる「造り付けの家具」や、機能的なキッチン動線です。当時としては画期的だったダイニングキッチンに近い発想が随所に見られ、現代の住宅設計のルーツがここにあることが分かります。彼の私生活を通じた「暮らしの美学」に触れられる貴重な空間です。
8. 神戸女学院大学(兵庫)|地形と調和する「静謐の森」
岡田山という緑豊かな地形を活かして配置された校舎群。ここもまた、ヴォーリズの傑作の一つです。
建物ごとに異なるデザインのタイルや、美しい中庭を囲む回廊。彼はあえて建物を並列にせず、自然の等高線に沿わせることで、キャンパス全体に奥行きとリズムを与えました。重要文化財に指定されている講堂や礼拝堂は、厳かながらも包み込むような優しさを持っています。
9. 山の上ホテル(東京)|文豪たちが愛したアール・デコの隠れ家
御茶ノ水に立つ山の上ホテルは、多くの文豪が執筆のためにこもった宿として知られています。
1937年に「日本生活協会」の建物として建てられたこの建築は、ヴォーリズの都市型建築の粋を集めたもの。コンパクトながらも機能的で、プライバシーが守られた空間は、都会の喧騒を忘れさせてくれます。ロビーや階段に見られるアール・デコのディテールは、大人の社交場としての品格を漂わせています。
10. 駒井家住宅(京都)|科学者のための合理的で温かい家
北白川の静かな住宅街に立つ、遺伝学者・駒井卓博士の邸宅。ここは、ヴォーリズが手掛けた個人住宅の中でも保存状態が非常に良いことで知られています。
特筆すべきは、サンルームと書斎の配置です。光をふんだんに取り入れつつ、研究に没頭できる静かさを確保する。施主である駒井博士のライフスタイルを徹底的にヒアリングしたことが伺える設計です。洋風の生活を基本としながら、どこか日本の「奥ゆかしさ」を感じさせる空間構成は、ヴォーリズ建築の真骨頂といえるでしょう。
ヴォーリズ建築を120%楽しむための歩き方
ヴォーリズの建物を巡る際、ただ「きれいだな」と眺めるだけではもったいない!より深く楽しむためのポイントをまとめました。
- 「手すり」と「床」に注目する:ヴォーリズは人が触れる部分にこだわりました。木製の手すりの滑らかさ、タイルの色使い。これらは視覚だけでなく、触覚でも楽しむことができます。
- 「窓」からの景色を切り取る:彼が配置した窓は、単なる明かり取りではありません。外の景色をまるで一枚の絵画のように見せる「借景」の技術が使われています。室内から窓を覗いてみてください。
- 「近江兄弟社」の製品を手に取る:近江兄弟社メンタームは、今もヴォーリズの精神を受け継ぐ企業として存続しています。彼の建築を巡る旅の途中で、リップクリームや薬を購入してみるのも、彼との繋がりを感じる素敵な方法です。
まとめ:ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築10選を巡る旅へ
ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築は、単なる「古い建物」ではありません。そこには、100年前の日本人が抱いていた「新しい生活への憧れ」と、それに応えようとしたヴォーリズの「深い愛情」が刻まれています。
彼が遺した住宅や学校、教会は、今もなお現役で使われ続けています。それは、彼がデザインの美しさだけでなく、そこで過ごす人の「呼吸」を大切にしていたからに他なりません。
もし、日々の生活に少し疲れたら、ヴォーリズの建物を訪れてみてください。そこにある穏やかな光と風、そして「人間を大切にする設計」が、きっとあなたの心を癒してくれるはずです。
今回ご紹介したウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築10選を参考に、ぜひあなたのお気に入りの一棟を見つけてくださいね。


