私たちが日常的に耳にする「アシックス(ASICS)」という名前。スポーツブランドとして日本を代表する存在であり、世界中のアスリートに愛されています。でも、その名前の意味や由来を正確に知っている人は意外と少ないかもしれません。今回は、アシックスという名前がどのように生まれ、どんな想いが込められているのかを、創業者の哲学とともに紐解いていきます。
アシックスという名前の由来
アシックスの名前は、ラテン語の格言「Anima Sana In Corpore Sano(アニマ・サナ・イン・コルポレ・サノ)」の頭文字を取って名付けられました。この言葉は「健全な身体に健全な精神が宿る」という意味で、古代ローマの詩人ユウェナリスの言葉がもとになっています。
社名にこの言葉を選んだ背景には、「スポーツを通じて心と体の両方を健全に育む」という企業理念があります。アシックスは単なるスポーツ用品メーカーではなく、スポーツを通じて人々の幸福や社会の健全な発展に貢献することを目指してきました。
創業者・鬼塚喜八郎の原点と理念
アシックスの創業者である鬼塚喜八郎(おにづか きはちろう)氏は、戦後の荒廃した日本で「青少年を元気づけたい」という一心から靴づくりを始めました。1949年、神戸の自宅の一角でたった2人の社員とともに立ち上げたのが、アシックスの前身「鬼塚商会(後の鬼塚株式会社)」です。
戦後の日本には、物質的にも精神的にも活気を失っていた時代背景がありました。そんな中で鬼塚氏は、「子どもたちにスポーツの楽しさを取り戻してもらいたい」という想いを胸に靴づくりに励みます。その信念の根底にあったのが、後に社名の由来となる「Anima Sana In Corpore Sano」という言葉でした。
鬼塚氏はこの言葉を、兵庫県教育委員会の体育担当者であった堀公平氏から教えられたといわれています。「健全な身体には健全な精神が宿る」という考え方に深く感銘を受け、以後の人生と経営の柱として掲げたのです。
「ASICS」誕生の背景と社名変更の経緯
アシックスの誕生は1977年のこと。それまでの鬼塚株式会社が、スポーツ用品メーカーであるジィティオ株式会社、ジェレンク株式会社と合併し、「株式会社アシックス(ASICS Corporation)」として再出発しました。このとき、創業当初から貫いてきた理念を明確に示すために、社名に「ASICS」という言葉を採用しました。
つまり「ASICS」という名前は、単なるブランド名ではなく、創業者の哲学そのものを象徴する言葉なのです。社名に込められた想いをそのままブランド名として掲げることで、世界中に「健全な身体と精神を育むスポーツ文化を広める」という使命を発信しています。
誤解されがちな“語呂合わせ説”
インターネット上では、「アシックスは“足(あし)”+“シックス(6)”=6本の足を意味している」など、語呂合わせのような由来が語られることがあります。しかし、これは事実ではありません。公式には一貫して「Anima Sana In Corpore Sano」が由来とされています。
この誤解が生まれたのは、ASICSという言葉が発音しやすく、日本語の「足(あし)」に似ているからかもしれません。しかし、アシックスの本当の名前の背景は、はるかに深い精神的・哲学的な意味を持っているのです。
「Anima Sana In Corpore Sano」に込められた意味
このラテン語の格言は、単に「体を鍛えよう」という意味ではありません。人間の幸福や豊かさの源は、心と体のバランスにあるという教えを示しています。
「Anima」は「魂」や「心」、「Sana」は「健全な」、「Corpore」は「身体」、「Sano」は「健康な」という意味です。つまり、「健やかな魂は健康な身体に宿る」という考え方を示しています。
アシックスはこの哲学を、「Sound Mind, Sound Body(健全な身体に健全な精神)」というスローガンとして現代まで引き継いでいます。靴を通じて足元の快適さを支えるだけでなく、心まで前向きにする――そんなブランドとしての姿勢が、このスローガンに凝縮されています。
ブランド哲学としてのASICS
アシックスの理念は、単なる言葉ではなく、すべての事業活動や製品づくりの根底に息づいています。たとえば、ランニングシューズ開発では、スポーツ医学やバイオメカニクス(生体力学)の研究に基づき、足への負担を減らすテクノロジーを追求。スポーツを楽しむすべての人が、長く健康に走り続けられるよう設計されています。
また、アシックススポーツ工学研究所では「心身のパフォーマンスを最大限に引き出す」ためのデータ分析や実験が行われており、科学的根拠に基づいた開発が続けられています。これは「健全な心身の追求」という理念が、いまなお生き続けている証です。
鬼塚喜八郎が残したメッセージ
鬼塚氏は晩年まで、自らの理念を語り続けました。その中で繰り返し述べていたのが、「スポーツは人を幸せにする」という言葉です。戦後の混乱期に靴づくりを始めたときも、彼の目的は単に商売を成功させることではなく、スポーツの力で社会を明るくすることにありました。
その信念はアシックスの経営方針にも息づいており、企業理念には「健全な身体と精神を育むことを通じて、より良い社会を実現する」という言葉が掲げられています。創業から70年以上が経った今も、その理念は世界中で共感を呼び、多くの人の心に響き続けています。
世界へ広がるASICSの理念
アシックスは今や世界170か国以上で展開されるグローバルブランドです。その成長の裏には、ただの商業的成功ではなく、「理念への共感」があります。どの国のアスリートにとっても、「健全な心身」という考え方は普遍的な価値です。
たとえば、ASICSはスポーツイベントや地域コミュニティ支援など、社会貢献活動にも積極的に関わっています。健康的なライフスタイルの普及、青少年育成、環境への配慮――すべてが創業時からの理念に基づいています。
このように、ASICSという名前は“ブランド名”を超え、“生き方”や“価値観”そのものを象徴しているのです。
アシックスという名前が伝えるメッセージ
アシックスという名前には、「スポーツを通じて人々の心と体を健やかにする」という普遍的なメッセージが込められています。鬼塚喜八郎氏が掲げた理想は、単なる靴づくりを超え、人々の幸福に寄り添う哲学として受け継がれています。
今日、アシックスが世界中で愛される理由は、製品の品質だけではなく、その名前に込められた想いにあります。「健全な身体に健全な精神を」という言葉は、70年以上の時を経ても色あせず、むしろ現代のストレス社会においてより強い意味を持ち始めています。
アシックスという名前を思い出すたびに、創業者の願い――“人々がスポーツを通じて幸せになること”――を感じてみてください。それこそが、このブランドの本質であり、今も変わらないアシックスの誇りなのです。


