滋賀県近江八幡市。かつて近江商人が闊歩した風情ある街並みの中に、ひっそりと、しかし確かな存在感を放つ洋館があります。その名はウォーターハウス記念館。
この歴史ある建物の中で、いま静かに注目を集めているのが「喫茶室 メレルの庭」です。建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが愛した空間で、100年前のレシピを再現した料理を味わう――。そんな、まるでタイムスリップしたかのような特別な体験ができる場所をご存知でしょうか。
今回は、建築ファンならずとも一度は訪れたい「メレルの庭」の魅力、そしてそこで提供される至福のランチについて、その背景にある物語とともに詳しく紐解いていきます。
ヴォーリズが遺した「メレルの庭」とは何か
「メレルの庭」という名前を耳にして、何を思い浮かべるでしょうか。ガーデニングのショップ?それとも公園?
実はここ、日本全国に1,000件以上の建築を遺したウィリアム・メレル・ヴォーリズのミドルネームを冠した喫茶室なのです。場所は、近江八幡の「池田町洋館街」の一角。国登録有形文化財であるウォーターハウス記念館の中にあります。
ヴォーリズは単に建物を設計しただけではありません。彼はそこでの「暮らし」そのものをデザインしました。家族が語らい、栄養のある食事を摂り、庭の緑を愛でる。そんな彼のフィロソフィーが凝縮された場所が、この「メレルの庭」というわけです。
運営しているのは、地元の歴史文化を次世代に繋ぐ活動をしているNPO法人の方々。単なる観光施設としての公開にとどまらず、実際にその空間で「食」を楽しむことで、ヴォーリズが伝えたかった精神を肌で感じてほしいという願いが込められています。
100年前のレシピが蘇る「再現料理」の秘密
メレルの庭でいただけるランチは、そこらへんのカフェ飯とは一線を画します。最大の特徴は、ヴォーリズの妻・満喜子夫人が残した献立帳や、当時の料理本をベースにした「再現料理」であるという点です。
ヴォーリズが活躍した大正から昭和初期、日本における「洋食」はまだ特別なものでした。しかし、ヴォーリズ家ではアメリカの家庭料理をベースに、地元の新鮮な食材を取り入れた合理的で豊かな食卓が囲まれていたのです。
滋養に満ちたスープとメインディッシュ
ランチの主役となるのは、季節の野菜をふんだんに使ったスープや肉料理です。例えば、じっくりと煮込まれたシチューや、スパイスが優しく香るミートフーズ。派手な飾り付けはありませんが、一口食べれば、素材の持ち味が引き出された丁寧な仕事ぶりが伝わってきます。
かつてヴォーリズが栄養学の観点からも推奨したというパン食。ここでは、その伝統を受け継ぐ香ばしいパンが添えられます。一口ごとに、当時のモダンな暮らしに思いを馳せることができるでしょう。
ティータイムを彩る手作りスイーツ
ランチの後に欠かせないのが、これまた当時のレシピを参考に作られたスイーツです。素朴ながらも濃厚な味わいのケーキや、季節の果物を使ったデザート。それらをウェッジウッド ティーカップのような、クラシックな空気感に合う器でいただく時間は、まさに至福。
コーヒーの香りが暖炉のある部屋に漂い、窓の外には季節ごとに表情を変える庭が広がる。この五感すべてで味わう体験こそが、メレルの庭の真骨頂といえます。
ウォーターハウス記念館という特別な空間
食事を楽しむ舞台となる「ウォーターハウス記念館」についても触れておかなければなりません。1913年に建てられたこの洋館は、ヴォーリズの教え子であったウォーターハウス氏のために設計された住宅です。
建築の細部に宿る「暮らしやすさ」へのこだわり
ヴォーリズ建築の魅力は、豪華絢爛さではなく「住む人の心地よさ」にあります。メレルの庭として使われているダイニングルームやサンルームには、その工夫が随所に見られます。
- サンルームの開放感: 大きな窓から差し込む光が、室内を明るく包み込みます。ここで庭を眺めながらお茶を飲む時間は、現代の喧騒を完全に忘れさせてくれます。
- 暖炉の温もり: リビングに設えられた暖炉は、冬の寒さが厳しい近江八幡において、家族の団らんの中心でした。
- 機能的な動線: キッチンからダイニングへのつながりなど、当時の家事労働を軽減するための工夫が今も息づいています。
靴を脱いで館内に一歩足を踏み入れると、古い木造建築特有の懐かしい香りがします。使い込まれた床の質感や、職人の技が光る建具の一つひとつが、歴史の重みを静かに語りかけてくるのです。
メレルの庭を訪れる前に知っておきたいこと
この特別な体験をスムーズに楽しむためには、いくつか注意点があります。歴史的建造物を守りながら運営されている場所だからこそのルールです。
営業日と予約について
メレルの庭は、毎日営業しているわけではありません。特定の曜日や、季節限定でのオープンとなることが多いです。また、一日に提供できる食事の数にも限りがあるため、予約優先制をとっています。
「せっかく行ったのに入れなかった」という悲劇を避けるためにも、事前に運営元のSNSや公式サイトでスケジュールを確認し、予約を入れておくことを強くおすすめします。
アクセスと周辺環境
近江八幡の旧市街地は、細い路地が多く、駐車場が限られています。記念館専用の駐車場は数台分しかないため、少し離れた公営の駐車場(市営あきんどの里駐車場など)を利用し、八幡堀を散策しながら徒歩で向かうのがベストなプランです。
歩きやすいウォーキングシューズを履いて、近江商人の屋敷跡や八幡堀の景色を楽しみながら、池田町洋館街を目指しましょう。赤レンガの塀が見えてきたら、そこがヴォーリズの世界への入り口です。
ヴォーリズ精神に触れる近江八幡の歩き方
メレルの庭でランチを楽しんだ後は、ぜひ周辺のヴォーリズゆかりのスポットも巡ってみてください。点在する建築物を見ることで、彼の活動がどれほど多岐にわたっていたかが分かります。
ヴォーリズ記念館と旧八幡郵便局
すぐ近くには「ヴォーリズ記念館(旧ヴォーリズ住宅)」があります。彼が実際に生活していた空間を見学することで、メレルの庭での体験がより深いものになるはずです。
また、再生された「旧八幡郵便局」も見逃せません。一時は取り壊しの危機にありましたが、市民の手によって守られ、現在はイベントスペースやギャラリーとして活用されています。こうした「古いものを大切に使い続ける」文化こそ、この街の魅力です。
旅の記録に残したい風景
美しい建築や料理は、ぜひ写真にも収めたいもの。スマートフォンのカメラも良いですが、ミラーレス一眼があれば、歴史ある建物の質感や庭の柔らかな光をより鮮明に記録できます。ただし、館内での撮影については、他の利用客への配慮や施設の方への確認を忘れずに行いましょう。
メレルの庭で過ごす時間が教えてくれること
私たちが日々の忙しさに追われる中で、ついつい疎かにしてしまう「食事」や「住まい」の大切さ。メレルの庭でのひとときは、そんな日常を見つめ直すきっかけをくれます。
100年前の人々が大切にしていた、シンプルで栄養価の高い食事。自然の光を取り入れ、家族が顔を合わせる工夫が凝らされた住空間。それらは、時代が変わっても色褪せない「豊かさ」の正体なのかもしれません。
ヴォーリズは「建築の風格は、人間の人格と同じく、その外観よりもむしろその内部にある」という言葉を残しています。メレルの庭に一歩入り、その空気感に身を委ねてみれば、その言葉の意味がきっと腑に落ちるはずです。
訪れる際のマナー
最後に、一つだけお願いがあります。ここはあくまで「文化財」です。建物の建具や床は非常に繊細です。大きな声で騒いだり、備品を乱暴に扱ったりすることは厳禁です。ヴォーリズが愛したこの場所を、次の100年も遺していくために、私たち一人ひとりが敬意を持って利用したいものです。
滋賀の旅に、ひと匙の歴史と文化を添えてくれる「メレルの庭」。次の休日は、少しだけおしゃれをして、近江八幡の静かな洋館へ出かけてみませんか。
メレルの庭で至福のランチを。ヴォーリズ建築の魅力と再現料理を楽しむ完全ガイド:まとめ
近江八幡の歴史を色濃く残すウォーターハウス記念館。その中で息づく「メレルの庭」は、単なる喫茶室を超えた、文化の継承拠点です。
ヴォーリズ夫妻が大切にした食卓の風景を再現したランチ。光と風が計算し尽くされたヴォーリズ建築。そして、それらを守り続ける人々の想い。これらが重なり合って、ここでしか味わえない「至福の時間」が生まれています。
滋賀県への旅行を計画中の方、あるいは日常を離れて静かに自分を見つめ直したい方。ぜひ「メレルの庭」を訪れてみてください。100年の時を超えて届けられる温かい料理と、穏やかな庭の風景が、あなたの心を満たしてくれるはずです。
都会の喧騒を離れ、歴史の息吹を感じながらいただく一杯のコーヒー。その贅沢な体験が、あなたにとって忘れられない旅の記憶になることを願っています。


