「お金がないから何もできない」
「都市を良くするには何十年もかかる」
「結局、車社会からは抜け出せない」
もしあなたがそんな風に感じているとしたら、かつてブラジルのある市長が成し遂げた「奇跡」の話が、大きな希望になるかもしれません。
その人の名は、ジャイメ・レルネル。
彼は、ブラジルのクリチバという都市を、世界中の都市計画家が視察に訪れる「環境先進都市」へと作り変えた伝説の人物です。しかも、莫大な予算や最新テクノロジーに頼るのではなく、「アイデア」と「スピード」だけでそれを成し遂げました。
今回は、ジャイメ・レルネルが提唱した「都市の鍼治療」という画期的な考え方と、現代の私たちにも通じる課題解決のヒントを紐解いていきます。
予算ゼロから始まった「クリチバの奇跡」
1970年代、ブラジルのクリチバは爆発的な人口増加に直面していました。スラム化、交通渋滞、ゴミ問題。どの都市も抱えるような頭の痛い課題ばかりです。
当時、多くの都市が選んだ解決策は「巨大な道路を作り、地下鉄を通す」という、膨大な時間と資金を投じる力技でした。しかし、クリチバにはそんなお金はありません。
そこで市長に就任したジャイメ・レルネルは、全く逆の発想をしました。
「地下鉄が作れないなら、地上を走るバスを地下鉄のように機能させればいい」
この逆転の発想から生まれたのが、今や世界中で導入されているBRT(バス・ラピッド・トランジット)の原型です。
彼は、専用レーンを設けるだけでなく、円筒形の「チューブ型バス停」を開発しました。乗客はバスが来る前に運賃を支払い、バスの床と同じ高さのホームで待つ。バスが到着すると、複数のドアが一斉に開き、数秒で乗り降りが完了します。
このシステムは、地下鉄の約100分の1のコストで、地下鉄と同等の輸送能力を実現してしまいました。レルネルは「創造性とは、予算からゼロを一つ取ったときに始まる」と語っていますが、まさにそれを体現した瞬間でした。
「都市の鍼治療」という魔法のメソッド
ジャイメ・レルネルの思想を語る上で欠かせないのが「都市の鍼治療(Urban Acupuncture)」という言葉です。
東洋医学の鍼治療が、体の特定のツボを刺激することで全体の血流を改善するように、都市においても「特定のポイント」に素早く、的確な介入を行うことで、街全体を活性化させることができるという考え方です。
多くの都市計画が、数十年後の完成を目指す「マスタープラン」に縛られ、その間に街が衰退していくのに対し、レルネルは「即効性」を重視しました。
その象徴的なエピソードが、クリチバの中心部にある「11月15日通り」の歩行者天国化です。
当時、車を締め出すことに商店主たちは猛反対していました。普通なら数年かけて協議するところですが、レルネルは違いました。金曜日の夜に工事を開始し、月曜日の朝にはすべてを完成させてしまったのです。わずか72時間の出来事でした。
月曜の朝、怒鳴り込もうとした車主たちが目にしたのは、美しく舗装され、花が植えられ、子供たちが路上で絵を描いて遊んでいる平和な光景でした。この圧倒的な「既成事実」の前に反対意見は消え、周辺の売上は向上し、街は息を吹き返したのです。
小さな場所(ツボ)への刺激が、街全体のエネルギーの流れを変えた見事な事例です。
ゴミが「バス券」や「食料」に変わる仕組み
ジャイメ・レルネルが解決したのは交通問題だけではありません。貧困と環境問題という、一見すると切り離せない難題を同時に解決する「魔法」も披露しました。
クリチバのスラム街(ファベーラ)は道が狭く、ゴミ収集車が入れないため、不衛生な環境が放置されていました。そこでレルネルが考案したのが「ゴミの買い取り」です。
住民が分別したゴミを収集ポイントまで持っていくと、それをバスの乗車券や、卵、牛乳、ジャガイモといった新鮮な食料と交換する仕組みを作ったのです。
これがもたらした結果は驚くべきものでした。
- 街からゴミが消え、衛生状態が劇的に改善した。
- 貧困層が食料と移動手段(バス券)を手に入れた。
- 子供たちがゴミ拾いを通じて環境教育を受けるようになった。
- 収集したゴミをリサイクルすることで、行政のコストも削減できた。
「困っている人を助ける」という福祉と、「街を綺麗にする」という環境対策を、一つのアイデアで繋ぎ合わせたのです。これこそが、現代で言うところのサステナビリティ(持続可能性)の先駆的な形でした。
現代の日本にこそ必要なレルネル精神
ジャイメ・レルネルの物語は、遠いブラジルの昔話ではありません。人口減少や予算不足に悩む現代の日本の地方自治体や、停滞感を感じているビジネス現場にとっても、極めて重要なヒントが隠されています。
私たちは何かを変えようとするとき、どうしても「完璧な計画」や「多額の予算」を求めてしまいがちです。しかし、レルネルはこう教えてくれます。
「完璧を求めるあまり、行動を遅らせてはいけない。まず、できることから鍼を打て」
もし、あなたが仕事で新しいプロジェクトを進めるなら、まずは小さな成功(クイックウィン)を積み重ねて、周囲の空気を変えることから始めてみてはいかがでしょうか。
また、環境意識を高めるために、日々の生活で水筒を持ち歩くといった小さな行動も、自分の生活という都市に対する「鍼治療」と言えるかもしれません。
ジャイメ・レルネルは、都市を「家族の肖像」だと表現しました。愛着を持って接すれば、都市はそれに応えてくれる。その温かい眼差しが、冷徹な都市工学を超えた奇跡を生んだのです。
ジャイメ・レルネルの都市計画とは?私たちが学べる未来へのヒント
ジャイメ・レルネルの都市計画とは、単なるインフラ整備のことではありません。それは、市民のプライド(誇り)を取り戻し、限られた資源の中で最大限の幸せを追求する「知恵の戦い」でした。
彼が残した功績を振り返ると、いくつかの共通点が見えてきます。
- 既存のものを組み合わせて新しい価値を作る(バス+地下鉄のシステム)。
- 対立する課題を一つの解決策で結びつける(ゴミ+食料+移動)。
- 何よりも「スピード」を重視し、目に見える変化を提示する。
彼が2021年にこの世を去った際、世界中から追悼の意が捧げられました。しかし、彼の思想は今もなお、世界中のBRT路線や、歩行者中心の街づくりの中に生き続けています。
もしあなたが今、何かの壁にぶつかっているなら、一度「ジャイメ・レルネルならどう考えるか?」と自問してみてください。
「予算がないからできない」を「予算がないからこそ、どんな面白いことができるだろう?」に変換できたとき、あなたの周りでも小さな「奇跡」が始まり出すはずです。
都市は、私たちが描く夢の大きさによって、その姿を変えていくのですから。


