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ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築10選。メンソレータムの父が遺した「住む」芸術

滋賀県の近江八幡を歩いていると、ふと異国情緒あふれる赤い屋根の洋館に出会うことがあります。どこか懐かしく、それでいて気品に満ちたその建物たちは、一人のアメリカ人の手によって生み出されました。

彼の名は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。

「建築家」として数々の名建築を日本に遺しただけでなく、私たちが日常的に使っているメンソレータムの販売元である近江兄弟社を創設した実業家でもあります。

なぜ、一人のキリスト教伝道師が日本で1,500以上もの設計を手がけ、さらには製薬事業まで成功させたのでしょうか。そこには、単なるデザインの美しさだけではない、使う人の幸せを第一に考えた「献身の哲学」がありました。

今回は、今なお愛され続けるヴォーリズ建築の魅力と、彼が遺した珠玉の作品10選をご紹介します。


ヴォーリズが目指した「人格のある建築」とは

ヴォーリズの建築を語る上で欠かせないのが、「建築の風格は、人間の人格と同じく、その外観よりもむしろその内部にある」という彼の言葉です。

24歳で来日した当初、彼は滋賀県の商業学校で英語教師をしていました。しかし、熱心な伝道活動がもとで学校を解雇されてしまいます。それでも日本を離れず、活動資金を得るために始めたのが建築設計でした。

彼の設計には、当時の日本にはなかった画期的な工夫が詰まっていました。

  • 生活者中心の動線: 家族が団らんできる暖炉、機能的なキッチン、風通しの良い窓。
  • 和洋折衷の知恵: 西洋の様式をそのまま持ち込むのではなく、日本の気候や生活習慣に合わせてアレンジする柔軟さ。
  • 祈りの空間: どんな小さな住宅にも、住む人が心穏やかに過ごせるような静謐さが宿っています。

それでは、全国に点在する彼の傑作の中から、特におすすめの10作品を見ていきましょう。


1. 大丸心斎橋店 本館(大阪府)

大阪の街に燦然と輝く、ヴォーリズ建築の最高傑作の一つです。2019年のリニューアルを経て、往時の華麗な装飾が現代に蘇りました。

外観を彩るテラコッタの彫刻、そして一歩足を踏み入れた瞬間に広がるアール・デコ様式の天井装飾は圧巻です。幾何学模様と色彩が織りなす空間は、まさに「百貨店(デパートメントストア)」が夢の場所だった時代の高揚感を今に伝えています。

2. 関西学院大学 西宮上ケ原キャンパス(兵庫県)

「スパニッシュ・ミッション・スタイル」と呼ばれるヴォーリズ独自のスタイルが最も大規模に展開されているのがここです。

赤い瓦屋根とクリーム色の壁、そして広大な芝生広場を囲むように配置された校舎群。時計台を背にした景観は、日本で最も美しいキャンパスの一つと称されます。学び舎としての厳かさと、南欧の明るい開放感が共存する特別な場所です。

3. 神戸女学院(兵庫県)

岡田山という小高い丘の地形を活かして建てられたこの学校は、国の重要文化財にも指定されています。

斜面に沿って配置された建物は、中庭を介して有機的につながっており、歩くたびに景色が変わる楽しさがあります。石積みの壁やクローバー型の小窓など、乙女の学び舎にふさわしい繊細なディテールが随所に散りばめられています。

4. 豊郷小学校 旧校舎群(滋賀県)

「白亜の殿堂」と謳われたこの校舎は、かつて日本一の小学校建築と呼ばれました。

アニメの聖地としても知られていますが、建築としての見どころは階段の手すりにあります。イソップ寓話の「ウサギとカメ」をモチーフにしたブロンズ像が、階段を上るにつれて物語を進めていく仕掛け。子どもたちが楽しく学べるようにというヴォーリズの遊び心が光ります。

5. 山の上ホテル(東京都)

多くの文豪に愛された「文化人の宿」としても有名です。アール・デコのエッセンスが凝縮されたこの建物は、都会の喧騒を忘れさせる静かな気品に満ちています。

コンパクトながらも計算し尽くされた空間構成は、ヴォーリズが「個人のプライバシーと居心地」をいかに重視していたかを物語っています。タイル一枚、手すりのカーブ一つにまで職人の手仕事が感じられます。

6. 東華菜館(京都府)

京都・四条大橋のたもとに立つ、スパニッシュ・バロック様式の濃厚な建物です。

ここでは、日本最古のエレベーターが現役で稼働しています。手動式の蛇腹扉を開けて昇る体験は、まるでタイムスリップしたかのよう。精緻なテラコッタ装飾を眺めながら、鴨川の風を感じて食事を楽しむ時間は、他では味わえない贅沢です。

7. 旧伊庭家住宅(滋賀県)

住友総理事を務めた伊庭貞剛の次男、慎吉の邸宅として建てられました。和洋折衷スタイルの初期の傑作です。

外観は洋風ですが、内部には畳の部屋も巧みに配置されており、当時の日本人が洋生活へ移行していく過渡期の工夫が見て取れます。滋賀の自然に溶け込むような落ち着いた佇まいは、ヴォーリズが提唱した「環境との調和」の先駆けと言えるでしょう。

8. 駒井家住宅(京都府)

京都大学の教授だった駒井卓博士の自邸です。現在は「駒井卓・和紀子記念館」として公開されています。

「ヴォーリズの住宅建築の教科書」と言えるほど、彼の設計思想がコンパクトにまとまっています。太陽の光をたっぷり取り込むサンルーム、使い勝手の良い造り付けの棚、そして家族の気配を感じられる吹き抜け。現代の住宅設計にも通じるアイデアの宝庫です。

9. ヴォーリズ記念館(滋賀県)

彼が晩年まで過ごした旧自邸です。近江八幡にあり、彼の人生そのものを感じられる場所です。

質素でありながら、どこか温かい。彼が愛用したピアノやデスクが遺された空間に身を置くと、彼がいかに日本を、そして近江の地を愛していたかが伝わってきます。ここを訪れると、彼の建築がなぜ「優しい」のか、その理由がわかるはずです。

10. 近江八幡教会・アンドリュース記念館(滋賀県)

ヴォーリズが活動の拠点とした、伝道と教育の象徴的な建物です。

もともとはYMCAの活動拠点として建てられたこの場所は、レンガ造りの重厚な外観が特徴です。彼にとって建築とは、神の愛を体現するための手段でもありました。建物の端々に宿る「祈り」の気配が、訪れる人の心を静かに整えてくれます。


建築家としての顔、実業家としての顔

ヴォーリズを語る上で、近江兄弟社の存在を外すことはできません。

彼は建築設計の傍ら、家庭薬の普及にも力を入れました。「建築は体を守り、薬は健康を守る」という考えのもと、メンソレータムの日本販売権を獲得。その利益はすべて、病院の設立や教育活動、そして地域社会の発展へと投じられました。

彼にとって建築も、薬の販売も、根底にあるのは「隣人愛」でした。

戦時中、アメリカ人である彼は厳しい立場に置かれましたが、日本への愛を貫き、帰化して「一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)」という名を名乗りました。「米(アメリカ)から来留(来る)」という、彼らしいユーモアが込められた名前です。


時代を超えて愛されるウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築

ヴォーリズの建物が100年経っても壊されず、大切に使い続けられている理由。それは、彼が「流行」ではなく「普遍的な心地よさ」を追求したからに他なりません。

窓から差し込む光の角度、階段を上るときの足の運びやすさ、そして家族が顔を合わせる仕組み。彼の建築には、住む人・使う人への深い敬意が込められています。

もしあなたが日々の生活に少し疲れを感じたら、ぜひヴォーリズ建築を訪ねてみてください。

そこにあるのは、冷たいコンクリートの塊ではなく、温かく私たちを包み込んでくれる「人格」を持った空間です。メンソレータムの香りのように、そっと優しく、私たちの心に寄り添ってくれるはずです。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築10選。メンソレータムの父が遺した「住む」芸術に触れる旅は、あなたに「本当の豊かさ」を教えてくれることでしょう。

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