アシックスと聞くと、世界中のランナーに愛されるスポーツシューズブランドとして知られていますよね。その技術力の源がどこにあるか、ご存じでしょうか?
実は、アシックスには“世界でもトップクラス”の研究施設があるんです。それが「アシックススポーツ工学研究所(ASICS Institute of Sport Science、略称ISS)」です。
この記事では、その研究所がどんな場所なのか、どんな研究をしているのか、そして私たちが履く一足のシューズにどう関わっているのかを、じっくり解説していきます。
アシックススポーツ工学研究所とは?「人間中心の科学」を掲げる頭脳拠点
アシックススポーツ工学研究所は、1985年に神戸市西区に設立されたアシックスの研究開発の中枢です。
テーマはずばり「Human-Centric Science(人間中心の科学)」。つまり、人間の動き・身体・感覚を科学的に分析し、それに基づいて最適な製品をつくることを目的にしています。
創業者・鬼塚喜八郎が掲げた「スポーツを通じて健全な青少年を育成する」という理念を、最新の科学で受け継ぐ存在とも言えます。
ISSでは、トップアスリートのパフォーマンス向上から、一般ユーザーの快適な日常まで、幅広い視点で“人とスポーツの関係”を研究しているのです。
研究の柱:人を科学し、靴を進化させる
ISSの研究は、単なる素材やデザインの開発ではありません。人の体と動きを理解することから始まります。
たとえば、ランナーがどんな姿勢で地面に接地し、どの筋肉をどう使っているのか。どのような衝撃が体に伝わるのか。
こうしたデータをもとに「走り方の違いに合わせたシューズ設計」や「疲労を軽減するソール構造」などが生み出されています。
研究分野は大きく次のように分けられます。
- 人間特性研究:歩行・走行の動作、関節の動き、筋肉の活動を解析。
- 素材開発:ミッドソールやアウトソールの新素材を開発し、軽量化や反発性を追求。
- 構造設計:シューズの形状やカッティングを設計し、安定性やフィット感を検証。
- データ解析・シミュレーション:モーションキャプチャーやAI解析を駆使して設計を最適化。
- サステナブル開発:環境に配慮した素材や製造工程の研究。
これらの研究が一体となり、アシックスの“履き心地”を支えています。
最新技術の代表例:METASPEED SKYシリーズが示す研究の結晶
ISSの研究成果がもっとも顕著に現れているのが、トップランナー向けの「METASPEED SKY」シリーズです。
2021年に登場したこのモデルは、ランナーの走り方を2種類に分類し、それぞれに最適化された設計を採用しました。
- METASPEED SKY:ストライドを大きく伸ばして走るタイプ向け
- METASPEED EDGE:ピッチ(足の回転)を速くして走るタイプ向け
ISSでは、数多くのランナーを対象にモーションキャプチャーを用いてフォームを解析。
どの走法の人がどんなシューズ構造で最も効率よくスピードを出せるのかを科学的に導き出しました。
2025年には、軽量性を極めた新モデル「METASPEED RAY」も登場。
これらは単なる改良ではなく、ISSで積み重ねられたデータと分析の集大成なのです。
人体を測り尽くす研究施設の内部
ISSの内部には、まるでSF映画のような最先端設備が並んでいます。
アスリートの全身にセンサーを取り付けて動きを捉える「モーションキャプチャー室」、
天候を自由に再現できる「人工気象室」、
筋肉や骨格の反応を解析する「バイオメカニクス実験室」など。
ここでは、被験者の一歩ごとの衝撃、体温の変化、汗の出方まで細かく測定。
たとえばウェア開発では、体温が上がりやすい部位を可視化する「Body Thermo Mapping」技術を使い、
通気性を高めつつ動きやすい設計を導き出しています。
また、研究成果はシューズに限らず、陸上日本代表の公式ウェアなどにも活かされています。
肩まわりの可動域分析から生まれたカッティング技術は、競技中の動きを妨げない軽快な着心地を実現しています。
アシックススポーツ工学研究所が支えるブランドの信頼性
アシックスが“技術に強いブランド”として世界で信頼を得ているのは、この研究所の存在があってこそ。
ISSは、デザインやマーケティングの裏にある「科学的根拠」を提供する役割を果たしています。
トップアスリートの記録更新を支えるだけでなく、一般ユーザーにも“安心して履ける”靴を届ける。
それがISSのミッションです。
特にランニング初心者やウォーキング愛好者にとって、「膝や足への負担を減らす」研究成果は大きな意味を持ちます。
さらに、世界中のユーザーに対応するため、性別・年齢・体型・気候など、あらゆる条件に合わせたデータを収集。
グローバルブランドとしてのアシックスの品質を、研究という裏付けで保証しているのです。
未来に向けた挑戦:サステナビリティとパーソナライズ化
近年、ISSが特に注力しているのが「サステナブル素材の開発」と「個別最適化された製品づくり」です。
リサイクル素材やバイオベース素材の採用はもちろん、環境負荷を減らす製造プロセスの検証も進められています。
また、AIやビッグデータを活用して、ユーザー一人ひとりの歩き方や足の形に合った製品設計を行う動きも加速中。
将来的には、ISSの研究によって“自分専用の最適なシューズ”を提案できる時代が来るかもしれません。
こうした取り組みは、「スポーツを通じてより良い社会をつくる」というアシックスの理念そのもの。
単に速さや機能を追うのではなく、“誰にとっても気持ちいい一歩”を追求しているのです。
研究と人をつなぐ場所としてのISS
ISSは閉ざされた研究所ではありません。
アスリート、学生、一般ユーザーとの交流も重視しており、オープンイノベーションや産学連携にも積極的です。
新しいアイデアやテクノロジーを取り入れながら、次世代のスポーツ文化を育てることを目的としています。
「スポーツ工学」というと専門的な印象がありますが、ISSのゴールはあくまで“人のため”。
シューズやウェアを通じて、人々がより快適に動き、健康に生きるための基盤をつくっています。
だからこそ、アシックスの製品にはどこか温かみがあり、信頼感を感じるのかもしれません。
アシックススポーツ工学研究所が描くこれからのスポーツの形
スポーツは記録や勝敗だけではなく、日々の生活を豊かにするためのもの。
ISSはその考え方を、科学の力で形にし続けています。
一足のシューズ、一枚のウェアに込められた膨大な研究の積み重ねが、私たちの毎日を支えているのです。
技術と人間の融合がつくる未来。
それこそが、アシックススポーツ工学研究所が描く「次のスポーツのあり方」なのではないでしょうか。


