アシックスと聞けば、ランニングシューズをはじめとするスポーツブランドの印象が強い。しかし、今のアシックスを語るうえで欠かせない人物がいる。それがCFO(最高財務責任者)・林晃司氏だ。彼が中心となって進める経営改革は、単なる数字管理ではなく、企業の未来像そのものを形づくる戦略的な取り組みである。
本稿では、林CFOが率いるアシックスの経営戦略と、今後の成長ビジョンを具体的なデータや背景とともにひもといていく。
数字で見るCFO改革の成果──営業利益率の飛躍と時価総額の急伸
林CFOが掲げる経営改革の成果は、数字としてはっきりと表れている。
2018年の営業利益率はおよそ2.7%にすぎなかったが、2024年には14.8%まで上昇。2025年は17%台に達する見通しとされ、利益構造の劇的な改善が進んでいる。売上高も8,000億円規模に到達し、最終年度に設定されていた「中期経営計画 2026」の目標を前倒しで達成する勢いだ。
さらに時価総額は、2017年ごろの約3,000億円から、2025年には約2.4兆円へと大幅に拡大。まさに「CFO改革が企業価値を押し上げた」と言える結果だ。
林晃司CFOが描く“ガチンコ経営”とは何か
林氏の経営哲学を象徴するキーワードが「ガチンコ経営」だ。これは、従来の安定株主に頼った守りの体質を改め、資本市場と正面から向き合うという意味を持つ。
過去のアシックスは、政策保有株式や株式持ち合いを多く抱え、株主構成の硬直化が課題だった。林氏はその構造を大胆に見直し、政策保有株を売却。株主との対話を積極的に行う「オープンな企業」へと転換させた。
この取り組みは、株主との信頼関係を再構築すると同時に、企業の意思決定スピードを上げ、経営の透明性を高める効果をもたらしている。
カテゴリー経営体制の導入──責任と成果を明確に
もうひとつの大きな改革が「カテゴリー経営体制」の導入だ。
従来のアシックスは、地域ごとに事業を管理しており、世界各地で収益構造や課題が異なっていた。その結果、どの部門が利益を生んでいるのか、どの地域で改善が必要なのかが不明瞭になっていた。
そこで林氏は、事業軸を「地域」から「カテゴリー」へと切り替えた。
ランニング、スポーツスタイル、オニツカタイガーなど、製品カテゴリーごとにP&L(損益責任)を持たせ、成果と責任を明確化。これにより、迅速な意思決定と効率的なリソース配分が可能になった。
この体制転換が、アシックスの利益構造を抜本的に改善した最大の要因のひとつといえる。
CFOがリードするサプライチェーン改革とオペレーション最適化
近年のアシックス改革では、サプライチェーンとオペレーションの一体化も注目されている。
2025年、林CFOの直下に「統合オペレーション戦略部」が新設され、需給計画・生産・物流・在庫をデータで統合管理する仕組みが導入された。
これにより、在庫の過剰や欠品を防ぎつつ、コスト効率を高める体制が整いつつある。グローバルな供給網の混乱や原材料費の高騰といった外部リスクにも、柔軟に対応できる基盤を築いているのだ。
単なるコスト削減ではなく、「供給の安定」と「利益率の維持」を両立するオペレーション改革は、製造業としての持続的成長に直結する施策である。
IR改革と資本市場戦略──株主との対話で信頼を築く
林氏はCFOとして、IR(投資家向け広報)にも強いリーダーシップを発揮している。
2024年には年間1,800回を超えるIR面談を実施し、国内外のアナリストカバレッジも拡大。さらに、2025年からは個人投資家向け説明会も全国で開催し、株主の多様化を図っている。
こうした積極的な情報発信は、株価の安定化や長期保有株主の育成にも寄与。企業の姿勢として「市場と共に成長する」という明確なビジョンを示している点が特徴的だ。
「中期経営計画 2026」──3本柱で描く成長シナリオ
アシックスが掲げる中期経営計画は、CFO主導のもとで明確な戦略構造を持つ。
その中心となるのが、以下の3本柱である。
- グローバル成長の加速
新興国を含めたランニング市場での拡販を進め、アジア・欧州・北米でのプレゼンスをさらに高める。 - ブランド体験価値の向上
商品販売にとどまらず、デジタル体験やEコマース、直販チャネルなど、顧客接点の質を高める取り組みを強化。 - オペレーショナルエクセレンスの追求
サプライチェーンと生産・物流を一体化させ、需給管理の最適化を進めることで、安定供給と高収益を両立する。
これらの施策が連動することで、アシックスは「効率的で収益性の高いグローバルブランド」へと進化している。
数字の裏にある“経営の意思”──CFOが担う企業変革の本質
CFOという役職は、単に財務の責任者にとどまらない。
林氏の役割は、資本政策、IR、オペレーション、グローバル展開、ブランド価値のすべてをつなぐ「経営の中核」だ。
従来、日本企業のCFOは会計や資金管理に特化していた。しかし、アシックスでは経営戦略そのものを握る「統合型CFO」として、事業構造の最適化を実現している。
特に、利益を生む体質への転換と株主構成の健全化は、企業価値を持続的に高めるうえで欠かせない施策だった。
この“経営を設計するCFO”という姿勢こそ、アシックスの急成長を支える原動力である。
成長の裏に潜むリスクと課題
もっとも、順調に見える改革にも課題は存在する。
まず、グローバル展開の拡大は為替や地政学リスクに影響を受けやすい。
また、デジタルチャネルやEコマースの強化は投資コストがかさみ、短期的には利益を圧迫する可能性もある。
さらに、林CFOが管掌範囲を広げることで意思決定が集中しすぎる懸念もある。組織としてバランスを取りながら、スピードと透明性を維持できるかが今後の課題だ。
とはいえ、こうしたリスクを認識したうえで“挑戦を止めない経営”を続ける姿勢は、アシックスの強さそのものでもある。
次のステージへ──新たな中期経営計画に向けて
2025年の目標達成を前倒しで実現したアシックスは、すでに次期中期経営計画(2029年まで)に向けた準備を進めている。
新フェーズでは、より強固なサプライチェーン、デジタル化の深化、そしてブランド体験の拡張が焦点となる見込みだ。
今後は、スポーツを超えた「ライフスタイルブランド」としての確立が鍵になる。
ランナーだけでなく、健康志向やファッション意識の高い層にもブランドを広げ、持続的な成長を描いていく構想が見えてきた。
アシックスのCFOが語る経営戦略と今後の成長ビジョンを徹底解説
アシックスのCFO・林晃司氏は、数字の裏側にある「経営の意思」を明確に示している。
利益率を上げ、株主との信頼を築き、世界市場でブランドを磨く──その一つひとつが、アシックスを強くしなやかな企業へと変えている。
CFOの改革はまだ途上だが、その方向性は揺るぎない。
「収益性」「ブランド価値」「グローバル競争力」を兼ね備えたアシックスへ。
林氏の描くビジョンは、これからの日本企業にとって“経営の新しいモデルケース”となるだろう。


