アシックスが一部の店舗を撤退・閉鎖したというニュースを耳にした人も多いかもしれません。
特に、海外の旗艦店や大型店舗の閉鎖は「経営が苦しいのでは?」と感じさせる話題でした。
しかし、その背景を丁寧に見ていくと、単なる後退ではなく、次の成長に向けた戦略的な再構築であることが見えてきます。
この記事では、アシックスが撤退に踏み切った理由と、その裏にある経営判断、そして今後の方向性について分かりやすく解説します。
コロナ禍による直撃と店舗運営の見直し
アシックスが店舗撤退に動いた最初の大きなきっかけは、新型コロナウイルスの影響でした。
2020年から2021年にかけて、外出制限やイベント中止が続き、ランニングやスポーツ市場全体が一時的に縮小。
人の流れが止まったことで、ニューヨークの5番街にあったアシックスの旗艦店も閉鎖を余儀なくされました。
この店舗は世界的なブランド発信の拠点でしたが、家賃や人件費を含めると膨大な固定費がかかる構造。
売上が落ち込む中では、維持コストが重荷となり、経営的に合理化が必要なタイミングに来ていたのです。
実際、アシックスはこの閉鎖に関連して約23億円の損失を計上しています。
ただし、ここで注目すべきは「撤退=失敗」ではないということ。
むしろ、アシックスはここで“変化を恐れずに立て直す”という決断を下したとも言えます。
海外市場での撤退は「選択と集中」の一環
アシックスは世界100か国以上で展開していますが、すべての地域で均等に利益を出せるわけではありません。
競合ブランドのNikeやAdidasが強い北米市場では、マーケティングコストが膨らみ、収益率が低下しやすい傾向にあります。
そのため、アシックスは「全方位展開」から「重点市場に資源を集中する」方向へと舵を切りました。
北米の旗艦店閉鎖は、まさにこの“選択と集中”の象徴。
直営店を縮小し、デジタル販売チャネルを拡大することで、固定費を削減しつつ顧客接点を維持する狙いがあります。
これにより、より柔軟で収益性の高い経営体質への転換が進みました。
EC・デジタル戦略の強化が加速
コロナ禍を機に消費者の購買行動は大きく変わりました。
「店で試す」よりも「ネットで買う」スタイルが主流になり、アシックスもそれに合わせてEC事業を急拡大しています。
公式オンラインストアだけでなく、Amazonや楽天市場など外部プラットフォームでの展開も強化。
さらに、アプリ連携によるデータ活用や、ランニングアプリ「Runkeeper」との統合施策など、デジタルを活かしたブランド体験の強化も進んでいます。
つまり、アシックスが撤退したのは「リアル店舗を諦めた」からではなく、「デジタルを主軸に切り替えた」から。
消費者がより便利に、より自分に合った製品を選べる仕組みづくりに投資をシフトしているのです。
国内店舗でも「再編」が進行中
海外だけでなく、日本国内でも店舗の整理が進んでいます。
直営店のうち、集客の見込めない立地や老朽化した店舗を中心に閉鎖を進める一方、主要都市の大型店やアウトレットではリニューアル投資を実施。
特に「ASICS STORE TOKYO」や「ASICS OSAKA」など主要拠点は、体験型ショップへと進化しています。
3D足形計測やAIによるフィッティング診断など、リアル店舗ならではの価値を磨き、オンラインと連動した“ハイブリッド販売”を実現。
撤退と拡大を同時に進めることで、より効率的でブランド価値の高い店舗運営に再構築しているのです。
ブランドポートフォリオの整理も進む
アシックスグループの中には、機能重視の「ASICS」ブランドだけでなく、ファッション性を重視した「Onitsuka Tiger」もあります。
このOnitsuka Tigerは一度市場から撤退した後、再上陸を果たした経緯があります。
つまり、アシックスはブランドごとに役割を明確化し、ターゲットを再定義しているのです。
スポーツ性能を重視するアスリート向けブランドと、ファッション・ライフスタイル志向のブランドを分けて運営することで、無駄な重複投資を減らし、それぞれのブランド価値を最大化。
この柔軟なブランド戦略は、グローバル企業として持続的成長を目指すうえで欠かせないステップといえるでしょう。
アシックスの撤退は「防御」ではなく「攻め」の戦略
ここまで見てきたように、アシックスの店舗撤退は「縮小」ではなく「転換」を意味しています。
コロナ禍による環境変化に対し、早い段階で固定費を減らし、オンライン強化へ舵を切ったことで、経営リスクを抑えることができました。
一見すると後ろ向きに見える「撤退」も、実際は未来志向の経営判断。
不要なコストを削り、成長分野に投資を集中させることで、持続可能なブランド基盤を築こうとしているのです。
今後の展望:デジタルとリアルの融合へ
アシックスは今後、デジタル戦略を軸にしながらも、リアルなブランド体験を提供する方向へと進んでいます。
オンラインでの購入前に店舗で足形計測を行う「OMO(Online Merges with Offline)」の取り組みを拡充し、データに基づくパーソナライズ化を推進。
また、サステナビリティを重視した新素材開発や環境負荷低減にも積極的です。
たとえば、アシックスのランニングシューズにはリサイクル素材を使うモデルが増えており、環境配慮と性能向上を両立させています。
このように、「撤退」と聞くとマイナスの印象を持ちがちですが、アシックスは次の時代に向けた“攻めの布石”を打っていると言えるでしょう。
アシックスが撤退した理由とは?未来を見据えた再構築の一歩
アシックスが店舗撤退に踏み切った理由は、業績悪化ではなく、時代の変化に対応するための戦略的判断でした。
コロナ禍による需要減、固定費の高騰、そしてデジタルシフト。
これらの要因が重なったことで、アシックスは「守り」から「攻め」への転換を決断したのです。
結果として、リアル店舗の縮小と同時にオンライン事業を強化し、ブランドの新たな成長軌道を描いています。
撤退は終わりではなく、再スタート。
アシックスは今、グローバル競争の中で、より持続的で顧客中心のブランドへと進化しつつあります。


